ストリートプランナー

私は、静岡県藤枝市で、小さな工務店を営んでいる者です。
家づくりを進める中で家並み街並みについて、私自身の行動に反省と自戒の念と共に、知識、能力不足で苦しんでいます。家づくりを進める中で痛感し、悩み考え続けてきた問題について、ここに提案をさせていただきたいと思います。

個人の自由とは言え、無秩序に建物の色や形が選択され、地域の特色もなく、無国籍な家々(持ち家、借家)が並んでいく。「新しい家が出来るたびに風景が壊れていく」と言われている日本の現状に、家づくりを仕事とする者の責任の大きさを感じます。自分の家から見える景色のほとんどは隣家です。その意味するところは、それぞれの家の外側は自分ものであると同時に他人から見られるもの。家は個人のものであると同時に、地域のものという視点。かつて外国からやってきたエドワード・S・モースや建築家アントニン・レーモンドに「驚嘆に値する端正さ、美しさ」と言わしめた日本家屋の良さは、この「地域のもの」という視点があったからこそでしょう。ところが、今ではこの視点を持ちあわせている住まい手も造り手も少なくなってしまいました。それはどこに原因があるのでしょう。

ひとつは、戦後の経済発展のシステムが、労働現場と人口の都市集中化を進め、地域コミュニティの求心力が失われたことにあります。それまで続けられてきた、地域の伝統や慣習に従い暮らすという、価値観の共有化が崩壊してしまいました。これによって地域の気候や風土、素材に合わせた家づくり。そこから育まれてきた「調和のとれた風景」も消えてしまうことになりました。また、個人の絶対的権利である「自由」と、責任のない「自分勝手」をはき違えた考え方が、価値観の共有化の崩壊を増幅したのも否めないでしょう。

経済システムの効率追求とともに、ライフスタイルも大きく変わっていきました。労働の場が家から離れると、家に関わる時間も少なくなっていきました。平日は街で働き週末はレジャー。こうなるとメンテナンス不要の建材を始め、若い核家族の価値やサイズに合った家が求められ、これに応えて登場したのが、生産・流通システムを全国化したハウスメーカーでした。このことがさらに、家の全国一律化を一気に押し進めることになりました。同じカタログ通りの家、エクステリアが、全国あちらこちらにつくられ、特色のあった地域景観は失われ、統一感もなくなり、魅力のない<醜い>風景になってしまいました。

これはハウスメーカーだけの責任ではありません。私達地域工務店やデベロッパーも、経済的発展と効率の追求に走り、伝統技術や地域文化をストックしていく意味、価値を顧みないどころか、理解するセンスや知識さえも欠けていました。 美しい風景の蘇生へ。けれど、希望がないわけではありません。今、人々の間に、古民家や古い街並みの良さが見直され始めています。イギリスの田舎の美しい風景や家並みを見て回るツアーも盛んのようです。また、高層ビルやマンション建設を期に、地域の景観や生活感環境を守ろうとするコミュニティ活動もみられるようになってきました。さらに、国や行政レベルでは、景観法や環境税への取り組みも具体的になってきました。

地域コミュニティの絆が薄れていく中で、街並みの景観づくりを、さて、具体的にどうして進めていったらいいのか。しかし、そこにはさまざまな課題が多いのも、また事実です。一例をあげると、西日対策や視線遮断効果を兼ね、通りに緑樹を植えたいと考えても、落ち葉で近隣に迷惑をかけないかと、景観より苦情のほうが先に心配になるのが現実です。手入れも面倒そうだし……と考えると、一本の植樹さえ控えることになってしまいます。

私は街並みや景観について考える時、現場レベルで起こる課題……些細にみえてもひとつひとつは決して小さくない課題に、何ら手を打たず、具体策のないままでは、果たしてうまくいくのかと疑問を抱いています。景観美や生活環境の資産的価値に対する共通認識がないままでは、お互いのコンセンサスが得られず、結局その場限りの対処になってしまいます。私はまず、地域に根ざしてその共通認識をもっと底辺から育てなければと考えます。

そこで私の提案です。
私は、街並みや景観に対する知識や価値観をもつ人材を育て、これをストリートプランナー(地域生活文化人) と名付けて、活動の広がりをはかってみてはどうかと考えています。 このストリートプランナーの役割を明確にすることで、改めて地域の人々に街並み家並みについて感心を持ってもらうきっかけになると思います。街並みや風景づくりは、自然の営みの中で、地域の人々が主役となり、地域コミュニティの意味や価値を共有しながら働きかけていくことで形成されていきます。行政は住民主導の活動に必要なバックアップにつとめる、こんな関係がいいのではないでしょうか。

ストリートプランナーは、地域コミュニティや商店、企業、役所の中に所属し、家づくりや街並みづくり、施設づくりに際してコンサルタントになり、具体的プランづくりにも参加していきます。当然、地域の気候、風土、伝統・文化、自然環境、コミュニティなどを理解し、また産業経済、都市計画、建築土木・植栽、交通・防災、色彩学やエコロジーなどの知識や関連法規を一通り習得した人と定義づけます。しかし、決して専門知識のレベルを競うものではありません。例えば、中学生、高校生でも参加できるなど、さまざまなレベルのストリートプランナーが存在し、それぞれが得意分野に強みを発揮できる……むしろ多様性こそ可能性を広げるという方向性を目指します。そして、やがて人々みんながストリートプランナーの域に達することを、最終的な理想とします。

さて、将来の姿を夢見る前に、現実的に行動しなければなりません。制度に頼る手法が最善策ではありませんが、街並みを取り戻す一つの手法として、まずこのストリートプランナーを資格制度化することはどうでしょうか。建築士やインテリアコーディネイターがそうであるように、資格の意義と存在価値が明確にされれば、資格を目指して多くの人がチャレンジします。学習する機会を持つことで街並みについて考える輪が広がります。

これはみんなで地域を美しくするきっかけづくりです。重要なのは学習する機会づくりで、生活近隣の街並みについて、話題にしていくことです。従って、試験や資格等級に関しては、融通性が大きい方がいいでしょう。資格の認定は国で一律に行うより、地方の機関がそれぞれの特色を持たせて行う方が、制度が生きることになるでしょう。

この学習内容は、家づくり現場で働く者にとっては実践的であり、日々の仕事で街並みを考える基礎になります。また、活動で得た知識や価値観を、個人間、企業間、地域間で共有し合い、発展させることも重要です。次の世代に、街並みや景観の美しさ、その意義や価値を伝えていくのも大きな役割です。 ストリートプランナーが、地域の美しい景観と生活環境やエコロジーを含めた資産価値、また、人々の心の絆を取り戻す方法の一つになることを期待して提案させて頂きました。

みんなが歩いてみたくなる道。地域の人々が互いに声を掛け合い、誇りにできる街並みを取り戻したいと思います。

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